いっぱいいっぱいはもう卒業!余裕が生まれる暮らしの作り方

片づけ、子育てや介護に関すること、関連イベントのお知らせを発信するブログです。ライフオーガナイザー。社会福祉士。3人の娘の子育て中。

25回忌の前夜に想う

こんばんは。

佳世です。

 

明日は母の命日。

母の誕生日は別の日にありますが、この日は

忘れたいのに忘れられない、、、

そんな日です。

 

 

母が亡くなって

25回忌の法要をするほど

わたしも歳を重ねたんだなぁと

思いを馳せる夜です。

 

 

こうして23年の月日が経つのに

 

母が本当に亡くなってしまった日や

あの時

母の身体が病院からやっと帰ってきた自宅の空気を

また

思い出しています。

 

 

いつもよりクーラーが効いており

冷たーく冷えた自宅。

祖父母宅でしか匂ったことがない

お線香の強い匂いと煙たい空気にまみれた自宅。

 

24時間、亡くなった人がさみしくないように

灯し続けるためにある、蓮の花の形をしたロウソク。

 

葬儀は

JAかすやに頼んで

私たちの育った家はあっという間に斎場に変身した。

黒と白のストライプ柄が

あまりにも非現実的で

受け入れられず

早くむしり取りたい気分だったことを思い出す。

 

お布団に寝ている母は

もう母ではなく

ドライアイスで冷やされて

かちこちにされていた。

      /今ならわかる。夏だもの。/

身体はあるけど

どこにも母は感じられなかった。

魂がない身体は

空っぽだ。

それでも母の残りを探していた家族。

父が元気がなくて

長女のわたしがしっかりしないと、と

初めて覚悟を決めたことを思い出す。

23年前のあの日は、

やっと母が帰宅した自宅で

父とわたし、妹、おとうとで五人家族で

川の字で寝た。

 

 

まだ今も忘れられないなんて、

人の死はどれだけ人に

影響を与えるんだろうね。

 

 

17歳の夏に母と別れて

41歳の夏を迎える私。

 

わたしもおんなじ3人の子の母になった。

今なら

母が子ども3人をこの世に残して

去らなければならなかったことが

どれだけ心残りであったか、想像できます。

 

まだ小学5年の妹と

中学3年の弟と

高校2年の私。

 

高校生だからもう大丈夫よね、

勝手にそう周りは言ったけれど

本当は心細くてしかたなかったよ。

 

だから、

皆さんのそばで

誰か親を亡くした子がいたら

どんなに平気そうに見えたって

本当は

心細くてたまらんのやね

哀しいんやね

と感じてほしい

 

 

大丈夫!なんて

そんなこと本人に言わないでね。

 

それはまわりが勝手にそう思いたいだけ。

高校生の私はそう感じてた。

 

はい!がんばります!としっかりして

心は泣いていました。

 

まだまだ想いはあふれるけれど

 

お母さん

産んでくれてありがとう😊

今はお父さんと一緒に

いますか?

そちらで楽しんでね!

 

お母さんとつながる方たちが私たちを大事に扱ってくれるし、

わたしにはハンド部の仲間たちもいる。

 

 

 

明日、お母さんを思い出すための法要を

 

自分のきょうだいと増えた家族たちと

できることを幸せに思います。

 

 

 

oyakoasobikariyusi.hatenablog.com

 

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