いっぱいいっぱいはもう卒業!余裕が生まれる暮らしの作り方

片づけ、子育てや介護に関すること、関連イベントのお知らせを発信するブログです。ライフオーガナイザー。社会福祉士。3人の娘の子育て中。

『大人』を考えてみた

今週のお題「大人になったなと感じるとき」を書いてみたいと思います。

 

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わたしが大人になったなあと思うのは、3つあります。

 

1つ目は、「家族が出来、母親としての自分が外から見えた時」。

例えば、母がやっていたこと

かぼちゃの面取りをしているとき

冷蔵庫内をせっせと拭いているとき

自分が好きで買ったものも

まずはやっぱり子どもに見せて

選ばせているとき。

 

いつもとして見ていた

母の後ろ姿や横顔を思い出すからかな。

いつまで経っても

母を越えられないけど

近づいた、と感じることは

だんだん増えてきました。

 

2つ目は、

人の死を共感しすぎなかった時大人になったな」と感じます。

私は最初にお葬式に出た相手が

おじ、まだ30代前半だった人

その次に44歳で天へ行った母だったので

死に対して

非常に敏感に生きてきました。

 

ここ最近、

どんなに大事な人も

誰もが死に向かっていまを生きている

という思いが芽生え

死に対するマイナスイメージより

生と死はともにある

と思えるようになったからです。

 

さすがに、

子どもたちや

私と年が近い年齢層の人には

関係が近ければ共鳴してしまいますが

父も67歳で天に行ったこともあり

それ以降の年齢の方の死は

私にとっては

もう十分に生きたのでは?

と思えるようになったからかもしれません。

 

すみません、個人的な感想ですので

不快な方はUターンお願いします。

 

そういう意味では

共感しすぎないので、

心の奥底まで行き渡らない程度の悲しみや別離

の気持ちを持て

毎回人の死のニュースを聞いて

心や暮らしが揺らがなくなりました。

両親の死で

心が過剰反応やマヒをしている

のかもしれませんね。

自分の心を守るためには

慣れも必要なのでしょう。

 

3つ目は

困ったらすぐ人に聞くようになった時大人になったな」と感じます。

 

できないことも隠して

助けてほしいのに助けて!

と言えなかった

プライドばかり高かった私は

だんだん遠くに去っていきました。

 

知らないことは恥ではなく

聞けなくて時間を無駄にすることのほうが

私の人生には不要だと思うようになりました。

 

真剣に

誰からも好かれたいと思っていて

甘え上手な人に嫉妬していました。

自分さえ変われば

たくさんの人が

手を差し伸べてくれていたのに。

ちっとも気づいていなかった私がいました。

父に何でも相談していましたが

父に代わる存在はいつも周りにいて

様々な場面で関わってくれる人だと気づき

心から頼れるようになりました。

 

ちょっと真面目に書いたけど

大人はこどもと違って語彙力が増えますよね。

早く大人になりたかった私は

子どものころ

気持ちばかり大人のように振舞って

心の言葉は未熟だった。

だから表現できなくてしんどかったのかも。

今はそう思います。

たくさんの本はそんな私の

心に合う言葉を

静かに淡々と

教えてくれました。

 

最後に、4つ目を追加します!

大人になったなと思うことは、

大好きな本を大人買いできること

 

以上、子育てと介護のダブルケアをそっと応援・寄り添いを大切にするライフオーガナイザー/メンタルオーガナイザーつるさきかよの、大人になったなと感じる時でした。

 

 

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